-その1腰痛の原因に関する考え方に変革をもたらしたメディアの力-
腰痛の原因を腰の解剖学的破綻の原因を追求する考え方から、心理的社会的側面から捉えようとする考え方にシフトしてきた、と以前述べました。心理的要素が腰痛の原因になることを広く世間に知らしめたのが、推理作家夏樹静子さんの2003年に出版された「腰痛放浪記 椅子がこわい」(新潮文庫)です。この本は、現山口大学整形外科田口敏彦教授から読むように勧められましたが、今や私のバイブルのような存在で、外来で心理的側面の強い腰痛患者さんには読んでいただくよう勧めることもあります。3年間にわたる凄まじい腰痛体験が、受診された様々な医療機関等でのやりとりとともに赤裸々に綴られており、医療者目線ではなく、正に今、腰痛に苦しんでいる患者目線での医師とのやりとりから反面教師として反省すべきだったり、学ぶ点が多々ありました。
また一方で研究面においては21世紀の医学の中心課題は脳の科学、情動の科学的解明と言われていますが、このことを知らしめたのが2011年11月放送のためしてガッテン「驚異の回復!腰の痛み」でした。福島県立医科大学が原因不明の腰痛患者の脳血流量をMRIで調べたところ、 健康な人に比べて血流量、つまり脳の働きが7割の腰痛患者で低下しており、さらなる研究結果より慢性的なストレスを受けると、脳の中の側坐核の働きが低下して、痛みがおさえられず、より痛いと感じてしまうというということがわかってきて、痛みの悪循環を断ち切るためには運動、趣味など自分の好きなことを積極的に生活に取り入れることが効果的である、という内容でしたが、この放送やその後の新聞などでの報道を見た患者さんが、自分の腰痛をストレスが原因と考えることができるようになったことは、近年の腰痛患者さんの治療をする側にとっても非常に大きな福音でありました。しかしながら、腰痛の原因がストレスである、という理論が一人歩きして、治療者側も画像診断で異常がない腰痛患者さんを安易にストレスが原因と決めつけてしまう恐れも危惧されました。これから実際に心理的側面が腰痛に及ぼす具体例について取り上げていきます。