-その1腰痛の原因に関する考え方に変革をもたらしたメディアの力-
腰痛の原因を腰の解剖学的破綻の原因を追求する考え方から、心理的社会的側面から捉えようとする考え方にシフトしてきた、と以前述べました。心理的要素が腰痛の原因になることを広く世間に知らしめたのが、推理作家夏樹静子さんの2003年に出版された「腰痛放浪記 椅子がこわい」(新潮文庫)です。この本は、現山口大学整形外科田口敏彦教授から読むように勧められましたが、今や私のバイブルのような存在で、外来で心理的側面の強い腰痛患者さんには読んでいただくよう勧めることもあります。3年間にわたる凄まじい腰痛体験が、受診された様々な医療機関等でのやりとりとともに赤裸々に綴られており、医療者目線ではなく、正に今、腰痛に苦しんでいる患者目線での医師とのやりとりから反面教師として反省すべきだったり、学ぶ点が多々ありました。
また一方で研究面においては21世紀の医学の中心課題は脳の科学、情動の科学的解明と言われていますが、このことを知らしめたのが2011年11月放送のためしてガッテン「驚異の回復!腰の痛み」でした。福島県立医科大学が原因不明の腰痛患者の脳血流量をMRIで調べたところ、
健康な人に比べて血流量、つまり脳の働きが7割の腰痛患者で低下しており、さらなる研究結果より慢性的なストレスを受けると、脳の中の側坐核の働きが低下して、痛みがおさえられず、より痛いと感じてしまうというということがわかってきて、痛みの悪循環を断ち切るためには運動、趣味など自分の好きなことを積極的に生活に取り入れることが効果的である、という内容でしたが、この放送やその後の新聞などでの報道を見た患者さんが、自分の腰痛をストレスが原因と考えることができるようになったことは、近年の腰痛患者さんの治療をする側にとっても非常に大きな福音でありました。しかしながら、腰痛の原因がストレスである、という理論が一人歩きして、治療者側も画像診断で異常がない腰痛患者さんを安易にストレスが原因と決めつけてしまう恐れも危惧されました。これから実際に心理的側面が腰痛に及ぼす具体例について取り上げていきます。
-その6内臓性腰痛について-
前回までで特異的腰痛の中でも代表的な,骨折・腫瘍・感染について述べましたが、その他の内臓性腰痛について解説します。
比較的頻度が高いのが腎結石,尿管結石に伴う腰痛です。この時の腰痛は片側性で安静にしてもよくならす、通常の腰痛の部位よりも上の方に痛みを訴えることが多く、腎臓,尿管にそって叩いたときに痛みを伴うノッキングペインが特徴的所見です。尿検査で血尿があれば診断が確定できます。(肉眼的には血が混じっていないことも多いです)当院にも急性腰痛で受診された患者さんで検尿で潜血があり、体動困難のため救急車で総合病院に搬送したことばありました。
次に子宮由来の腰痛で、子宮内膜症と子宮筋腫が代表的です。子宮内膜症は20代から30代の女性に発症する月経障害で、子宮内膜の細胞が本来あってはならない場所に組織を作ってしまい、その血液が排出されずに、同じ位置に溜まってしまうため腰痛を引き起こします。月経量と生理期間が大幅に変わることもあるので注意が必要です。また子宮筋腫は子宮の筋肉が変化してできる良性の腫瘍で瘍が大型化することによって起こる月経量の増加、血の塊が混ざるなどの症状がでて、生理痛がひどくなる一連の症状の一つとして腰痛が生じることがあります。私が以前経験したのは子宮筋腫が大きくなり骨盤腔内神経根を圧迫して椎間板ヘルニア等による神経症状と同一の症状で、腰椎MRIを撮像して異常が見つからないため、念のため骨盤内のMRIを撮像したところ巨大な子宮筋腫が骨盤内を占めていました。婦人科で手術を受け,術前あった神経根症を伴う腰痛も消失しました。
最後に腹部大動脈瘤に伴う腰痛です。”死に至る腰痛があったとは!?”という特集が、昨年の「ためしてガッテン」で取り上げられましたが、年間に1万人以上が、亡くなっており、『腹部大動脈解離』、『腹部大動脈瘤』の二つの病気があります。腰椎(背骨)の前を縦に走る太い動脈が、腹部大動脈で、その血管内に裂け目ができて内部で大きく剥がれてしまう状態が「解離」、一部が大きく膨らんでコブのようになるのが「瘤」で、破裂寸前や炎症を起こした場合に痛みを感じ、横になって安静にしても痛みが変わらない腰痛が特長です。動脈瘤が大きくなると腹部中央に動脈の拍動を触れる場合もあります。いったん動脈瘤が破裂した時の腰痛は非常に激痛でショック症状を伴っていることも多く,救急車で搬送されることが多く、半数が死亡し、緊急手術による救命率は40−60%という非常に恐い疾患です。腹部大動脈瘤は事前に腹部エコーやCT、X線写真で発見される場合もあり、大きさ(直径)が5cm以上で手術適応と言われおり、事前に発見された場合には、血管外科などの専門医に相談する必要があります。
代表的疾患とその診断と治療-その5感染性脊椎炎について-
見逃してはならない疾患の代表的なもので脊椎腫瘍と双璧をなす疾患です。 感染性脊椎炎とは感染によって生じる脊椎、椎間板炎の総称で、感染源となるのは細菌が最も多いのですが、結核菌(脊椎カリエスといいます)や真菌も少数ながらあります。
また最近では高齢者の罹患例が多く、糖尿病や腎透析など抵抗力や免疫力の低下した患者さんが罹患する場合、MRSA菌など難治性の例も増加しています。原因としては血行感染が多いのですが原因がはっきりしない場合もあり、早期診断、早期治療が最も重要です。早期診断のためには腰痛に先行する発熱(微熱の場合も多く、痛み止めが処方されていると熱が出ないケースもあります)があれば積極的に感染を疑い,血液検査で白血球、CRPという炎症反応を調べて白血球、CRPが高いの場合は感染を疑います。私が経験したケースでは抗がん剤の治療後、腹部,頚部手術後、点滴のカテーテルより血行性に感染した場合もあり、他科での治療中・治療後に発熱を伴う頑固な腰痛、頚部痛(進行した場合は上下肢麻痺例もあり)も積極的に疑う必要があります。X線、CT検査では初診時異常がない場合もあります。これは感染の初期は骨破壊がない場合が多く、1ヶ月以上経過しないと変化がでないこともあり、MRIが最も有用性が高いです。MRIでは椎体をはさんで、椎間板に信号変化があり,周囲に膿瘍(腸腰筋膿瘍)を作る場合もあります。診断の確定のためには椎間板、椎体穿刺による菌の同定検査が必要で、できれば抗生剤を使用する前の検査が望ましいとされます。治療は抗生剤とベッド上安静の保存的治療が原則です。菌の同定が判明するまでは、できるだけ広域な抗生剤を使用し、菌の同定後はその菌により治りやすい(感受性が高い)抗生剤に変更します。私の経験でも細菌感染として治療していて、菌の同定で真菌が検出され,抗真菌剤に変更したり、結核菌が出て急いで変更したことはありますので、いかに早期に診断するかがおわかりかと思います。最近では高齢者が多くなり,長期安静臥床を行うと廃用性筋萎縮を生じ、脊椎炎がよくなっても、治った頃には下肢筋力が低下して歩けなくなったりすることがないように、早期積極的治療を行うこともあります。
しかしながら侵襲の大きい手術は患者さんの負担も大きいので、局所麻酔で椎体、椎間板の生検と同時に行う経皮的病巣掻爬術も行われます。これは局所麻酔で椎間板内組織を切除、洗浄し、術後もドレーンをしばらく留置して膿を出す方法で、これにより安静臥床期間を短縮することができます。大きな腸腰筋膿瘍が生じた場合にはCTガイド下にドレナージを行い,ドレーン留置して治療することもあります。さらに難治性の場合、麻痺が生じたり、骨破壊が大きい場合には、手術が行われることもあります。手術は前方掻爬、骨移植術(骨盤より自家骨移植)を行うことが多いのですが、早期離床ができないことから、最近では後方より金属を挿入して前方固定を行う場合もありますが、まだ一定の見解は得られていません。いったん感染が生じると長期間は長期(3ヶ月以上)になることが多いので、早期診断、早期の低侵襲治療が望ましいと考えます。
ワンポイントアドバイス 感染性脊椎炎の早期診断には血液検査、MRIが最も有用です。
代表的疾患とその診断と治療-その4悪性腫瘍について-
見逃してはならない疾患の代表的なものに脊椎腫瘍があります。 癌による死亡数30万人/年で死亡率1位ですが、この背景にはがん治療の進歩、生命予後延長による骨転移が急増した事実があり、年間10-25万人、全体で100万人超といわれており、がんの骨転移は決して稀な疾患ではないことを念頭に置いて診断にあたる必要があります。肺癌と乳癌が整形外科関与骨転移の半数を占め、第3位が前立腺癌で、そのうち脊椎転移の頻度は3-5割です。整形外科初診時原発不明癌の頻度は肺癌34%、多発性骨髄腫14%、前立腺癌12%、悪性リンパ腫9%、乳癌7%、腎癌・肝癌6%となっています(がん骨転移ハンドブックより)。この中で原発性癌は多発性骨髄腫と悪性リンパ腫になります。これは血液、またはリンパのがんでこの頻度は決して少なくなく、常に念頭に置いておく必要があります。
腰背部痛患者の骨転移早期診断のポイントとして癌(手術)の既往の有無、安静時痛、夜間痛、治療抵抗性、多彩な神経症状などがあります。原発巣検索のためには全身のCT撮像が有効で、骨シンチ撮像より最近ではPETに変わっていきますが、脊椎転移の早期診断にはX線よりMRIが最も有用です。癌骨転移の組織型による分類として溶骨型(骨が溶けるー輪郭がなくなる)、造骨型(骨が白くなる、代表的疾患として前立腺、乳癌)、腰骨型と贈骨型の混合型がありましたが、最近では骨梁間型(がん細胞が骨の構造の間を広がるタイプ)が3割を占め、X線、CTでも早期発見は困難で、MRIでないと早期発見は難しいといわれています。 (肺小細胞癌、肝癌、膵癌の転移が代表的です) 脊椎X線写真でがん転移の代表的な所見とされるふくろうの目サインは溶骨型の代表ですが、X線で診断されるのは進行期の所見ですので、55才以上でがんの既往のある方で安静時にも腰痛、背部痛があり、治療に抵抗する場合には脊椎のMRI撮像をお勧めしています
そこで早期発見できれば、次に原発巣の検索を行いますが、全身のCT検査や腫瘍マーカーで絞り込みますが、それでも不明の場合には骨生検を行います。これは入院が必要ですが、X線透視下かCTガイド下に骨生検針を局所麻酔で椎体後方から刺入し前方の椎体の組織を採取します。要する時間は(慣れた術者が行えば)数分で安全に行えますが,がんの種類によっては予想外の出血をすることもありますので最新の注意が必要です。採取した組織はホルマリンの中に入れて1週間ぐらいで病理専門医に診断していただきます。原発性・転移性脊椎腫瘍の治療は放射線治療、化学療法(抗がん剤など)、手術療法がありますが、がんの種類によってどの治療法が有効かを内科,外科の先生方と相談して(組み合わせて)治療しますが、手術的治療の適応は、余命が3−6ヶ月以上期待できること、進行性の麻痺の場合に緊急手術を行うこともあり、その場合には麻痺のある部位の後方部分を椎弓切除して脊髄の圧迫を介助することと,早期離床のためにインスツルメントという金属をその上下の脊椎に多数挿入します。近年金沢大学の冨田名誉教授の考案された脊椎全摘術(脊椎腫瘍を全周性に摘出する手術)により転移性腫瘍でも救命率,予後が向上しましたが、一般病院では困難であり、一層の普及が待たれる所です。県立総合医療センター時代には他院からの紹介患者さんや内科・外科の患者さんのガン転移を多数診断、治療させていただきましたが、その経験は開業してからも生きています。(整形外科を開業してからはがんの転移の患者さんに遭遇する機会は極端に減りましたがそれでも年に数例経験します)
ワンポイントアドバイス 脊椎転移の早期診断にはMRIが最も有用です。
代表的疾患とその診断と治療-その3骨粗鬆症性脊椎骨折について-
骨粗鬆症とは、骨からカルシウムが出て行く骨吸収が骨を作る骨形成より優位になり、骨折しやすい状態をいいますが、最近では骨強度の低下も関係していると言われています。実際に背骨がつぶれることを骨粗鬆症性脊椎骨折といいます。よく(脊椎)圧迫骨折と言われるのは厳密には神経の圧迫のないものであり、神経圧迫のあるものを含めた場合には脊椎骨折と言っています。脊椎骨折は年齢とともに骨粗鬆症の方が増えますので、高齢者の約40%に存在するといわれています。脊椎骨折の新規発生患者数は年間30万~100万人といわれています。しかも、脊椎骨折を生じた方が、再骨折する確率は2年以内で約40%といわれています。特徴的な症状は腰痛ですが、必ずしも折れた場所が痛いとは限らず腰やお尻の痛みを訴える場合が多いです。また痛みの特徴は寝返りや起きようとしたときに最も痛く、起きて座ってしまったらそうでもなく、歩いて外来を受診する場合が多いので高齢の腰痛患者さんが来られたら骨折を念頭において調べることが早期発見の第一歩です。
最初に外来受診をした方にいままで圧迫骨折したことのない方であればX線写真で1箇所だけつぶれていればわかる場合もありますが、初回のX線検査でつぶれていない場合や何回か骨折したことのある方の場合はどれが新しい骨折か、わからないこともあります。脊椎骨折の早期診断にはMRI検査が最も有用です。骨粗鬆症の診断には骨密度検査があり、手や手首のX線撮影、踵の超音波で測定する方法もありますが、当院ではDEXAという器械で腰と太もものつけね(大腿骨頚部)の骨密度を測り若いときの70%未満の場合骨粗鬆症と診断します。(最近では骨密度が正常でも骨質が弱い骨粗鬆症もあり、鉄筋コンクリートに例えると、鉄筋にあたるコラーゲンに善玉と悪玉架橋があることもわかってきました)
最新のガイドラインではFRAXという診断ツールを使うと今後10年で骨折をおこす危険性がわかるので骨密度が70−80%の骨量減少の場合でもFRAX(フラックス)で15%以上であれば積極的に治療を開始することが推奨されており、当院でもDEXA,FRAXを使って骨粗鬆症の早期診断、早期治療を行っています。 脊椎骨折の治療は、痛み止め、骨粗鬆症の治療(内服薬や注射薬があり、重症度に応じて使用します)を開始するとともに、骨折した部位に応じてコルセットを作成します。コルセットは数日から1週間で完成しますのでそれまで自宅で安静にしていただきますが、痛みが強く動きがとれない場合は入院できる病院に紹介しています。コルセットは骨折が癒合するまでの約2−3ヶ月装着します。骨がつかないと癒合不全、偽関節といって寝たときには骨がワニの口のように開き、動いた時の痛みがとれなかったり、神経を圧迫して足の麻痺がでることがあり、手術が必要になることがあるので、できるだけそうならないようにするために、早期発見、早期治療が必要なのです。骨粗鬆症の治療は途中で中止すると効果は数ヶ月で元に戻ってしまいますので,継続治療が必要です。当院では患者さんの骨粗鬆症の状態を定期的に検査しながら治療を継続するようにしています。いわば長距離レースのようなものです。新しい骨粗鬆症の治療薬として、テリパラチドという副甲状腺ホルモンの注射薬があります。今までの骨粗鬆症治療薬が骨吸収といって骨からカルシウムがでていくのを抑制する作用だったのですが、この注射薬は骨形成といって骨を形成することができるので骨密度を増加する作用も今までの薬より高いといえます。毎日患者さんが自分で注射する方法と1週間に1回外来で注射する方法があります。当院では骨粗鬆症の重症度に応じて、患者さんと相談しながら治療する薬を選択しています。さらに昨年からヒト型モノクローナル抗体であるデノスマブ(商品名:プラリア)は発売されました。破骨細胞の形成・機能・生存に重要な役割を果たす蛋白質を特異的に阻害し、破骨細胞の形成を抑制することで骨吸収を抑制するもので、6カ月に1回野注射で骨密度を上昇させる作用をもっており、期待されています。
このように骨粗鬆症治療薬の選択肢が広がることは良いことなので私たち治療者側もますます個々の患者さんの骨粗鬆症の状態を把握して使い分ける必要があることを肝に銘じて治療にあたらねばなりません。
脊椎骨折の手術適応については、2011年よりBKP(バルーンカイフォプラスティ)という椎体形成術が保険適応となり保存的治療を行っても疼痛が改善しない場合に限って適応をみとめられており、研修をした施設に限って行われています。つぶれた骨に背中から穴をあけてバルーンで内部を膨らませてその中に骨セメントを注入する方法です。疼痛の改善効果は高いのですが、合併症として肺塞栓、セメントで固めた骨の上下の骨折が生じやすいことがあり、適応は専門医により慎重にされています。椎体の圧潰が高度であったり、骨がつかなかったりして脊髄を圧迫し麻痺が生じた場合や骨折当初から不安定な骨折と診断された場合には椎弓根スクリューというインスツルメント(金属)を使用した後方固定術が行われ、骨折した骨内にはバイオペックスという骨ペーストや人工骨を充填して金属の周囲には骨移植が行います。このような手術は侵襲が比較的大きいので、できるだけ手術にならないような適切治療を行うよう心がけています。
代表的疾患とその診断と治療-その2腰部脊柱管狭窄症-
腰部脊柱管狭窄症は腰部の中の神経が圧迫され、局所の血流が障害されることにより脚のしびれ・痛み、歩行障害などを来す一連の症候群です。腰椎椎間板ヘルニアとの違いは、椎間板ヘルニアは座っているといたみが強くなりますが、脊柱管狭窄症は立ったり歩くと足の痛みや痺れがつよくなります。これを間欠跛行といい、立ち止まってしゃがんだり前屈みになったりすると症状がやわらぐのが特徴です。
腰部脊柱管狭窄症の推定患者数は約 240 万人(40 歳以上人 口の 3.3%)で,実際に腰部脊柱管狭窄症と診断されている患者さんは推定 65 万人(31.5%)といわれています。
2006年に北米脊椎学会(North American Spine Society:NASS)の腰部脊柱管狭窄症ガイドラインにもとづき、日本整形外科学会と日本脊椎脊髄病学会の監修により2011年11月1日に刊行された診断基準(案)として、1.おしりから下肢(脚)の疼痛やしびれを有する、2.立位や歩行の持続によって殿部から下肢の疼痛やしびれが増強し、前屈や座位保持で軽快する、3.歩行で増悪する腰痛は単独であれば除外する、4.MRIなどの画像で脊柱管やう椎間孔の変性狭窄状態が確認され、臨床症状を説明できる、という4つの条件をすべて満たすこととしました。
腰部脊柱管狭窄症の自然経過は1/3ないし1/2では自然経過でも良好な予後が期待できます。腰部脊柱管狭窄症を診断するために有用な病歴および診察所見は患者が中高齢で、座位により改善あるいは緩和する下肢痛がある場合は腰部脊柱管狭窄症の可能性が高く、歩行時に下肢痛が増強しなければ、腰部脊柱管狭窄症の可能性は低いとのことでした。
薬物治療では経口プロスタグランジンE1(オパルモン、プロレナールなど)は神経性跛行ならびに両下肢のしびれを伴う馬尾症状を有する腰部脊柱管狭窄症の治療に短期間は有効であり、下肢痛を主訴とする神経根症状には消炎鎮痛剤(NSAIDS:ロキソニンなど)、最近ではプレガバリン(リリカ)も有効です。ブロック治療には神経根ブロックと硬膜外ブロックがあります。神経根ブロックは神経に直接針をあてて痛み止めを浸潤させますので、神経にあたった時や痛み止めを浸潤するときに痛みを伴うことはありますが痛み止めの効果はすぐ出ます。硬膜外ブロックは腰の骨の間か臀部のほうから薬液を神経の周りに浸潤させる方法ですので皮膚の上から針を刺した時のいたみはありますが薬液が入るときには痛みはほとんどありません。根ブロックは、どの神経が原因かという診断的意味あいと、ブロック後どれぐらい効果が持続したがということが手術適応を決める指標にもなるので、当院でも積極的に行っています。
手術は画像と神経の症状が一致しており、保存的治療に抵抗する患者さんに限って行いますが、手術のタイミングは患者さんの生活の質を上げる目的ですので、個々に相談して決めることとなります。間欠跛行や足の麻痺が急に進んだり、尿の出具合がどんどん悪くなる場合には早めの手術が必要です。腰部脊柱管狭窄症の手術治療成績に影響する因子は高齢という理由だけで手術回避を強く勧める理由とはならないこと、手術治療の長期成績(4年以上)は4~5年の経過では総じて患者の70%~80%において良好であるが、それ以上長期になると(加齢による脊椎の病態や他の関節疾患の影響なども加わり)低下することも念頭に置くことも必要です。私は患者さんに手術の説明をする場合には、手術でよくなる症状は、動いたときに新たに出る症状についてはよくなる可能性が高いですが、じっとしているときにもある症状、たとえば足の裏にもちを貼付けたようなしびれはなかなかとれない場合もあります、と説明していましたが、手術後間欠跛行はよくなってもしびれがとれないために患者さんの満足度が低くなることも経験しており、手術前の説明と患者さんとの信頼関係が重要と考えます。
代表的疾患とその診断と治療-その1腰椎椎間板ヘルニア-
腰椎椎間板ヘルニアは、腰の椎間板の一部が突出して腰の神経を圧迫して炎症をおこすことにより、腰や脚に激しい痛みやしびれを引き起こす疾患です。年齢による椎間板の変性に加えて、前屈動作等の繰り返しで椎間板の中の髄核という組織が飛び出すことが原因となります。代表的な椎間板ヘルニアは座っていると痛みが強くなります。椎椎間板ヘルニアは、患者数は、日本国内で約100万人といわれ、比較的若い方に多いのですが、高齢者でも椎間板ヘルニアは存在しますし、なかには外側ヘルニアという特殊なタイプのヘルニアもあります。 腰椎椎間板ヘルニアで手術する人の割合は10-30%ぐらいといわれています。まず薬(痛み止め)、安静(座ることを避ける)、ブロック注射(神経根ブロックと硬膜外ブロック)、リハビリ(温熱療法,運動療法)でほとんどの方がよくなります。しかし手術を早くした方がいい、あるいは緊急で手術しなければよくならない場合もあります。それは足の麻痺が急に進んだ場合とおしっこをしたくてもでないという排尿困難が出た場合には緊急手術をすることもあります。ヘルニアは通常は片方の足の症状が多いのですがこのばあいはど真ん中に大きなヘルニアが出ている場合が多いです。ブロック療法には、神経根ブロックと硬膜外ブロックがあり、神経根ブロックは神経に直接針をあてて痛み止めを浸潤させますので、神経にあたった時や痛み止めを浸潤するときに痛みを伴うことはありますが痛み止めの効果はすぐ出ます。硬膜外ブロックは腰の骨の間か臀部のほうから薬液を神経の周りに浸潤させる方法ですので皮膚の上から針を刺した時の痛みはありますが、薬液が入るときには痛みはほとんどありません。わかりやすくいえば、根ブロックはピンポイントで効かせる方法で、硬膜外ブロックは広く効かせるときに使用します。
診断は整形外科医(特に脊椎専門医)であれば、問診と神経学的診察でどのレベルの障害かもある程度わかりますが、X線では診断できず、MRIが必須の検査となります。若年者のヘルニアで軟骨終板の剥離の診断のためにCTが必要な時があります。
手術は以前は顕微鏡、最近は内視鏡を使用しての低侵襲手術が行われています。内視鏡手術のメリットとして傷が小さいこと、早く起きれること、などが挙げられますが、これは手術される先生の得意な方法でやってもらうことをお勧めします。手術後は数日で起きれ、疼痛は速やかに改善しますが、術後しびれ、筋力低下は残存することはあります。
急性腰痛症(ぎっくり腰)の運動療法(マッケンジー法について)
2012年の日本腰痛ガイドラインには運動療法は、急性腰痛症に対する効果がない(慢性腰痛には効果があり)とされていますが、腰痛の発症予防には有効であるとされています。また運動の種類や頻度回数なども科学的根拠が明らかなものはないのが現状でう。しかしながら私は急性腰痛を慢性化させないような予防効果のある運動療法であれば早期介入は有用ではないか、と私見ながら考えており、早期よりマッケンジー法による運動療法を行っていますので紹介します。
マッケンジー法マッケンジー法とは1950年代にニュージーランドの理学療法士、ロビン・マッケンジー氏が開発、発展させてきた骨関節の疾患に対する運動療法です。その基本的な治療の考え方は自己治療であり、自分で身体の自己管理が出来るようになって頂くという事が最終的な治療ゴールとなります。治療法としては個々人にあったプログラムを運動療法開始日から作成します。人によってプログラムは異なりますが、多くの方々に腰を反ったいわゆる良い座位姿勢(一番重要)と、腰にでも首にでも普段行わない様な腰を反らす運動、首を反らす運動を(運動方法は個人によって異なります)、1時間又は2時間おきにご自分で行っていただくようにお願いし、可能な方は翌日、忙しい方は何日か開けて来院していただき、どういう状態になったかを確認し、初回の判断が正しかったかどうかをチェックし、プログラムの確認をいたします。
患者さんによっては、マッケンジー法のいかなる体操治療も適さない、と評価されるケースも出てきますが、この場合には、マッケンジー法以外のどんな治療がその患者さんにとってふさわしいのか話し合いを重ねることで、見つけていきます。インターネットが盛んになった昨今、この方法がマジックのように治るという情報も飛び回っているようですが、“痛み”を持つ全ての方々に通じる万能薬では無いことも付け加えておきます。
日本の腰痛ガイドラインが昨年出されましたが、世界のガイドラインと同様にまず症状に応じて安静期間をとりますが、長くても2、3日でその後は痛みに応じていままでの活動性を維持することです。急性腰痛ではひたすら寝ておくことは、かえってよくないことが常識となっていますので、痛みに応じて苦痛の少ない範囲で身の回りのことを行ったほうが仕事への復職も早くなることも臨床研究で明らかになってきました。治療薬としてNSAIDS(今までの痛み止め)とアセトアミノフェンが第一選択薬として、筋弛緩剤や抗不安薬、抗うつ薬、オピオイドなども第2選択薬として推奨されています
NSAIDSは最もよく使用され、効果も明らかにされた薬物ですが、近年胃腸障害だけでなく、慢性腎障害も問題になっており、2週間から1ヶ月以上の連続する使用は特に高齢者では腎機能検査をする必要があります。アセトアミノフェン(カロナール)は、胃腸障害や腎障害の可能性が極めて低い安全な薬剤ですが、以前は1200mgまでしか使用できず、小児、喘息やNSAIDSアレルギーのある患者さん、妊婦さんなどにしか使用されませんでしたが昨年厚労省が欧米では標準的な4000mgまで使用可能であるとする勧告を出しましたので徐々に使用頻度が増えてきています。粉と錠剤があり、錠剤だと1錠が300mgなので6−9錠飲むと効果が期待できますが、こちらは肝機能障害に気をつける必要があります。(定期的血液検査を行うことで安全に使用可能です)ただしアセトアミノフェンは鎮痛効果ありますが抗炎症作用がないので炎症が主体の痛みには効果が低いと言われています。
抗不安薬、抗うつ薬も腰痛症の治療でよくつかわれますが、腰痛には心理的社会的ストレスが原因で生じる場合があり、腰痛に対する恐怖心から過剰に動こうとしないことを恐怖回避思考、行動といい、このような薬のほうが効果があることもあります。患者さんが心配しすぎない様にアドバイスすること、急性腰痛を慢性化しないことが私達整形外科医の役割と考えています。
またオピオイドも腰痛治療に有効であり通常のNSAIDSが効かない場合には使用を検討しても良い薬剤です。特に弱オピオイドのトラマドールとアセトアミノフェンの合剤は最近使用頻度が増えている薬剤ですが、副作用として嘔気、眠気、便秘などがありますので注意が必要ですが、鎮痛効果は強力です。その他トラマドール単剤も発売されましたし、ブプレノルフィンのパッチ剤(1週間に1回貼り替える)、また強オピオイドのドゥロテップパッチ(3日に1回貼り替える)もありますが、後者は麻薬処方箋が必要になりますが急性腰痛症で必要になる場合はごく限られています。
(次回は運動療法についてです)
ぎっくり腰とは?その原因は?
欧米では魔女の一撃とも呼ばれており、重い物を持ち上げたり、腰をねじったりしたときに急に生じた腰痛をさしますが、整形外科的には正式な病名ではなく、急性腰痛症の一般名で原因の特定できない非特異的腰痛に分類されます。クリニックに来られるぎっくり腰の患者さんを問診すると多くは前屈みの姿勢が原因で生じていることが多く、靴下をはこうとして、子供を抱えようとして、あるいは持ったものが予想以上に重かった場合などにも生じます。Nachemsonらの研究では立位の姿勢での腰の椎間板内圧を1としたときに仰向けでは1/4ですが、前屈みで1.5倍、座って前傾姿勢をで1.85倍になります。くしゃみをすると腰痛が強くなったりするのもくしゃみをした瞬間椎間板内圧が上昇するためと考えられ,椎間板内の中心部にある髄核が脊柱管内に飛び出して椎間板ヘルニアになることもあります。私は数年前自分が椎間板ヘルニアになった瞬間のことを今でも鮮明に覚えていますが、ボート部のOB会で8人乗りのボート(エイトといいます)に乗って皆で漕いだ瞬間に左臀部から下肢に激痛が走り、動けなくなりました。私の動きが遅れたためにもともと足を靴で固定されて前屈みの姿勢で座っている姿勢に、さらに前にかがむ力が加わりヘルニアが脊柱管内に飛び出したと考えられます。これは日頃の腰を丸めた不良姿勢も大いに関係します。皆さんも前屈みになるときにはくれぐれも注意して下さい。
(文献:Nachemson,A. L.: The lumber spine an orthopaedic challenge,Spine,1(1), 59-71(1976).)